【研究成果】<東京理科大学 駒場慎一教授のグループ> スカンジウム置換によりナトリウムイオン電池の耐水性とサイクル寿命が向上 ~ヤーン・テラー歪みとの相乗効果により構造安定化~

DX-GEMに参加している東京理科大学 駒場 慎一教授、熊倉 真一プロジェクト研究員、守屋洸大氏らの共同研究グループは、ナトリウムイオン電池の正極材料として期待されるP’2型Na0.67MnO2において、マンガンイオンをスカンジウムイオンで置換したP’2-Na0.67[Mn1-xScx]O2を合成し、耐水性とサイクル寿命が向上することを明らかにしました。また、スカンジウム置換によって性能向上するメカニズムを解明しました。

本研究成果は、2025年9月12日に国際学術誌「Advanced Materials」にオンライン掲載されました。

Schematic illustration of a) P’2-layered structure and b) in-plane Mn─O layer. c) SXRD pattern for o-NMSO8, d) Raman spectra for o-NMSOx samples. SAED patterns of e) o-NMO and f) o-NMSO8.

【研究の要旨とポイント】

  • ナトリウムイオン電池の正極材料P’2型Na0.67MnO2において、マンガンイオンの一部をスカンジウムイオンで置換することにより、耐水性とサイクル寿命が向上することを明らかにしました。
  • P’2型Na0.67[Mn0.92Sc0.08]O2 (o-NMSO8)のフルセルでは、平均放電電圧2.1 V以上、初期放電容量170 mAh/g以上を示し、300サイクル後の容量維持率が約60%という良好な性能を達成しました。
  • P’2型構造において、ヤーン・テラー歪み(*1)とスカンジウム置換が協奏的にはたらくことにより、充放電時の構造が最適化され、性能向上に寄与することを明らかにしました。
  • 本研究成果は、ナトリウム層状酸化物の大気安定性とサイクル寿命の課題を同時に解決し、ナトリウムイオン電池の実用化を大幅に促進することが期待されます。

【研究の概要】

DX-GEMに参加している東京理科大学 駒場 慎一教授、熊倉 真一プロジェクト研究員、守屋洸大氏らの共同研究グループは、ナトリウムイオン電池の正極材料として期待されるP’2型Na0.67MnO2において、マンガンイオンをスカンジウムイオンで置換したP’2-Na0.67[Mn1-xScx]O2を合成し、耐水性とサイクル寿命が向上することを明らかにしました。また、スカンジウム置換によって性能向上するメカニズムを解明しました。

ナトリウム含有層状酸化物NaxMnO2 (x = 0 ~ 1)は、ナトリウムイオン電池の正極材料として有望視されています。しかし、サイクル寿命が短く、充放電によりすぐに劣化してしまうことが課題でした。この劣化は、ナトリウムイオンの挿入・脱離に伴うマンガンイオンの酸化還元反応により、材料内部の構造が複雑に変化することが主な原因です。過去の研究では、ナトリウム層状酸化物の一部を他の金属で置換することで、正極材料としての性能向上を達成できることが明らかとなっていました。本研究では、ナトリウム含有層状酸化物中のマンガンイオンをスカンジウムイオンで置換することによる効果の解明を目的として、P2-Na0.67[Mn1-xScx]O2やP’2-Na0.67[Mn1-xScx]O2の系統的な調査を行いました。

研究の結果、P’2型Na0.67[Mn0.92Sc0.08]O2 (o-NMSO8)が平均放電電圧2.1 V以上、初期放電容量170 mAh/g以上を示し、300サイクル後も初期放電容量の約60%を維持することがわかりました。構造解析により、スカンジウム置換により歪んだP’2型構造が安定化され、粒子の微細化と表面保護層の形成が同時に進行することで、充放電時の構造劣化とナトリウム損失を効果的に抑制することが明らかになりました。重要なことに、これらの改善効果は歪みの無いP2構造では観察されず、P’2構造に特有の現象でした。この違いは、P’2構造の協調的なヤーン・テラー歪みがスカンジウム置換と協奏的に働くことで、適度な構造制御を可能にすることに起因しています。

これらの結果は、スカンジウム置換がナトリウム層状酸化物の実用化における課題を解決する有効な手法であることを実証しています。本研究で得られた知見は、高性能ナトリウムイオン電池の開発に向けた重要な指針となり、持続可能なエネルギー貯蔵システムの実現に貢献することが期待されます。

本研究成果は、2025年9月12日に国際学術誌「Advanced Materials」にオンライン掲載されました。

用語

*1:

ヤーン・テラー効果とヤーン・テラー歪み
縮退した電子軌道を持つ分子やイオンが、エネルギーを安定化するために対称性を低下させる現象をヤーン・テラー効果という。Mn3+イオン(d4電子配置)は八面体配位において協調的な構造歪みを引き起こすが、Mn4+イオン(d3電子配置)では縮退した電子軌道を持たないため、同様の現象は起こらない。通常のヤーン・テラー効果では、個々の金属イオン周りの八面体のみ歪みが生じるが、協調的なヤーン・テラー歪みでは個々の局所的な歪みが結晶全体に伝播する。そのため、単位格子全体の対称性が低下し、格子定数が変化する。

※東京理科大学HPより抜粋(https://www.tus.ac.jp/today/archive/20250912_4834.html

以上