【研究成果】<東京大学 山田淳夫教授のグループ> 電解液研究のための世界最大級オープンデータ基盤を構築 ―分子動力学シミュレーションに基づく電解液構造・物性データの体系化―

DX-GEMの課題「汎用元素機能最大型蓄電池」のグループリーダーである東京大学 山田淳夫教授らの共同研究グループは、分子動力学法(MD法)(注1)を完全自動化した計算フレームワークを構築し、約5,600組成に及ぶ電解液(注2)について、溶液構造と溶液物性データを体系的に集約した世界最大級のオープンデータベース(Open Electrolyte Database for Batteries:OEDB)を開発しました。

電解液は、溶媒分子やイオンが集団として形成する溶液構造によって、そのイオン伝導性や粘度などの物理化学的性質が決定されます。しかし、既存の化学データベースは分子単体の情報に限られており、電解液の溶液構造・物性情報はこれまで整備されていませんでした。本研究では、電解液組成を入力するだけで、初期構造生成、電荷計算、力場適用、分子動力学計算、構造・物性解析までを一貫して実行する自動化ワークフローを構築し、大規模スーパーコンピュータ(mdx(注3))を用いて計算を実施しました。これにより、リチウム・ナトリウム・カリウム電解液を含む多様な組成について、溶液構造・物性を大規模に取得し、データ駆動型電解液研究の基盤となるオープンデータベースとして公開しました(図1)。

図1:分子動力学に基づく電解液オープンデータ基盤の構築

【発表のポイント】
・分子集合体としての電解液構造・性質を対象とするデータ基盤を新たに構築。
・約5,600種類に及ぶ電解液について、分子動力学シミュレーションにより、溶液構造および物理化学的性質を体系的に記述した大規模データ群を創成。
・電解液データ基盤をグラフィックユーザーインターフェースとして実装・公開することで、データ駆動型電解液研究の発展に貢献。

【発表内容】
〈研究の背景〉
電気自動車の普及や再生可能エネルギー由来電力の大規模導入に伴い、電力貯蔵を担う蓄電池には、高イオン伝導性、広い電気化学安定窓、低粘度、電極上での安定な被膜形成など、複数の性能を同時に満たす電解液が求められています。しかし、これらの特性は互いに競合することが多く、電解液設計は経験や試行錯誤に依存してきました。データ駆動型材料設計は有力な解決手段ですが、その前提となる電解液の溶液構造や物性に関する体系的なデータ基盤が十分に整備されていなかったことが、大きな制約となっていました。

〈研究の内容〉
本研究グループは、分子動力学計算の自動化および並列化により、従来は困難であった大規模かつ統一条件下での電解液データ生成を実現しました。生成されたデータには、電解液の溶液構造情報に加え、イオン伝導度、粘度、拡散係数などの物理化学的特性が含まれており、すべて電解液組成を基本単位として整理されています。さらに、これらのデータを直感的に探索可能とするウェブベースのグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)を開発し、電解液の組成・構造・物性を一体的に閲覧・比較できる環境を整備しました(図2)。本 GUI は https://oedb.jp にて公開されています。

図2:電解液データベース(OEDB)構築と利活用のワークフロー

加えて、本研究では、構築した電解液データベース(OEDB)を大規模言語モデル(LLM)と連携させた電解液探索フレームワークを提案しました(図3)。用途や目標物性、制約条件を自然言語で入力することで、LLM が OEDB に蓄積された構造・物性データや公開情報を参照し、候補となる電解液組成や物性傾向を整理して提示することが可能になりました。

図3:電解液データベース(OEDB)に基づくLLM支援型電解液探索フレームワーク

分子動力学計算により電解液の構造および物性データを高スループットに生成し、体系的にデータベース(OEDB)へ蓄積した後、ウェブベースのグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)を通じて探索・可視化・取得する一連の流れを示す。本ワークフローにより、約5,600種類に及ぶ電解液データを横断的に比較・解析することが可能となり、データ駆動型電解液研究の基盤を提供する。
電解液データベース(OEDB)に接続された大規模言語モデル(LLM)を用いた電解液探索の枠組みを示す。用途、目標物性、設計制約を含むユーザー入力に対し、LLM が OEDB に蓄積された構造・物性データおよび公開情報を参照し、候補となる電解液組成や物性傾向を整理して提示する。本フレームワークにより、既存知識とデータベース情報を組み合わせた電解液探索が可能となる。

〈今後の展望〉
本研究で構築した電解液オープンデータベース(OEDB)は、電解液研究における共通のデータ基盤として機能し、データ駆動型研究による電解液探索の加速に貢献することが期待されます。今後は、実験データとの統合や、混合溶媒系およびより複雑な電解液系への計算データの拡張を進めることで、実用的な電解液設計を支える基盤としての活用を展開していきます。

〇関連の論文(プレプリント):
題 名:Open electrolyte database generated via an automated molecular dynamics simulation framework
著者名:Kou Nakamura, Norio Takenaka, Masatoshi Hanai, Yuna Oikawa, Ryo Tamura, Koji Tsuda, Masanobu Nakayama, Junichiro Shiomi, and Atsuo Yamada
DOI:10.5281/zenodo.18385870
URL:https://doi.org/10.5281/zenodo.18385870

用語解説
(注1)分子動力学法(MD法)
原子間相互作用ポテンシャルのもとでニュートンの運動方程式を解き、分子やイオン集団の構造および動的挙動を評価する数値シミュレーション手法。本研究では、電解液中で形成される溶液構造や物理化学的特性を統一条件下で体系的に計算し、電解液の構造・物性データベースを構築するために用いている。
(注2)電解液
蓄電池において正極と負極の間でイオンの移動を媒介する液体材料。一般的なリチウムイオン電池では、有機溶媒にリチウム塩を溶解した溶液が用いられ、溶媒分子、リチウムイオン、陰イオンから構成される。
(注3)mdx
全国 11 の大学・研究機関からなるデータ活用社会創成プラットフォーム協働事業体が運用する大規模計算・データ基盤。多数の計算ノードによる並列計算環境と大容量ファイルサーバーを備え、本研究では大規模分子動力学計算および電解液データベース構築に必要なデータの生成・保存に用いられた。

※本研究は主に、文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト「再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点」(DX-GEM、課題番号:JPMXP1122712807)の支援により実施されました。

※東京大学HPより抜粋(https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2026-01-30-001